とある獣医の豪州生活Ⅱ

豪州に暮らす獣医師のちょっと非日常を超不定期に綴るブログ

とある獣医の豪州生活Ⅱ

僕と英語と、移住と学校。⑦

 

 

Chapter 7.1 ‐ Face forward

 

「おい・・・獣医学部が見えてきたぞ・・・」

 

青年の息は上がっていた。息切れは興奮から来るものなのか、ここまでの長く過酷な道のり故か、青年にとってはどうでもいいことだった。ただ一つ、そこには半年前に学年のトップ50%以内にも入れていなかった留学生が、学年トップ10%までいきなり上り詰めたという事実が校内新聞に確かに綴られている。

 

目標としていたOP4という数字は、現状の維持で文句なく獲得できる。しかし状況としては11年生の1学期で学年12位である。あと1.5年間、この順位を維持すれば、という話である。

 

果たしてここから1.5年間、この順位を維持できるのであろうか、ではない。

果たしてここから1.5年間で、この順位をどこまで引き上げられるか、という別次元の戦いに、青年はいきなり参戦することになったのだ。

 

無論、海洋生物学を狙うのであれば、現状の維持か、ある程度順位を落とすようなことがあっても問題はないだろう。だがこの半年でこの伸び率である、OP1を目指して更なる高みを狙うのは至極真っ当な野望であるし、獣医師という肩書きに憧れることもまた至極当然であった。

 

それまで身体に重くのしかかっていた潮流は突如として消え、水中で足掻いていた両足は突如として地に着いた。ハッと気づいて見上げた崖の先には、高嶺の花が見える。青年の視線は自然と上を向いていた。

 

 

Chapter 7.2 - Swap over

11年生の2学期が始まると、学生達を取り巻く空気は更に変化を見せる。

大きな要因はやはり1学期最後に公表された校内新聞における学年トップ15人の名前であろう。理由はここに記載された面子が10年生の頃にトップを占めていた『常連』とかなり変化していたためである。

 

10年生までの『学年トップ達』は全ての科目において全体的に勉強ができる連中が占めており、9~10年生の期間で上位グループの名前はほぼ入れ替わっていなかったのである。これは10年生までの学業は歴史から科学から数学語学まで、様々な科目の点数が全て評価に影響していたからだ。

しかし11年生の1学期に張り出された名前は、それまで数年に渡りほぼ不動であった学年トップ達の名前の半分以上が塗り替えられた。全員が選択科目になった結果、『平均的に良い得点を取っていた学生』は軒並み、『特定の得意科目ではより高得点を取れる学生』に取って代わられたのだと青年は理解した。

 

「いいかい、社会科の勉強が苦手だから、社会科の成績が取れないから、だからどうした?君はちゃんと勉強しているし宿題だってやっているのを私はちゃんと知っている。それに、君は数学の成績はトップレベルだったそうじゃないか。理科の勉強も好きだろう?

ならばそれでいいんだ。人間、全てが得意な人なんていないんだ。

誰にだって得意なものがあれば、不得意なものだってある。それが当たり前だし、その得意なことをどれだけ活かせるのか、これが大事なんだ。数学や理科の勉強が得意で、かわりに社会科の勉強が苦手ならそれでいいんだ。

むしろ、私はどんな勉強でも同じような成績を取れる生徒より、そっちのほうが素晴らしいと思っている。得意な事のかわりに不得意な事を伸ばそうとするのは、今は考えなくていいんだ。全てにおいて平均になる必要なんかないからね、それでは面白みのないただの人形みたいだ。まだ子供なのだから、得意なこと、興味のあること、やりたいことだけに集中すればいい。」

9年生の頃、社会科のテストで赤点を取った際、齢70近い教師に言われた言葉を思い出していた。彼の言葉の真意を理解した気がした。

 

 

11年生2学期の教室においてもこの事実が浮き彫りになった今、それまで『常連』に名前を連ねていた生徒には焦りの色が、そして周りにいる『勉強できる奴に近づきたい』生徒には動きの変化が現れたように感じる。そう感じるのは青年が今までずっと持てなかった自信を得たからであろうか。もしかすると空気感が本当に変わったのは周りではなく青年自身であったのかもしれない。

 

勉強方法は特に変えなかった。青年が徒党を組んで勉学に励む面子は、1学期の頃から皆が努力家であり、互いが互いを高め合えると感じられるメンバーであった。

数学の授業では事前に勉強した知識を掘り起こし深く刻みつける作業。物理は暗記よりも法則の理解を深める。化学の授業は相変わらず板書の速度について行くことに専念して、英語の授業は安定のC評価を狙い、日本語の授業は…数学の宿題を早々に消化する時間であった。

家では基本勉強時間の3時間を守り、週末にはバイトも継続した。

 

前回の期末試験では化学が伸び切らなかったため、化学を強化するために近隣の公立校で化学の教師をしている男性を見つけ出し家庭教師としても迎えた。最初、彼は化学の基礎的な部分を懇切丁寧に教えてくれて青年の知識も強化されていったが、2学期も後半になるにつれて効率が悪くなっていった。何が問題なのかと問うと家庭教師は言う。

「内容が公立高校のレベルを超えている、これは大学1年目の内容だ。私では教えきれないかもしれない」

音を上げ始めた家庭教師は、半ば辞退するような形で免許皆伝を宣言した。鬼のような速度で板書を書いては消していくあの化学教師は、どうやら大学の勉強速度だけではなく、大学の内容まで突っ込んでいっているらしい。そんな化学教師は11月になる頃には教師をする傍らで博士号を取得し、正式に呼称が「先生(ミスター)」から「博士(ドクター)」に替わっていた。

 

各科目における採点は大まかに小テスト、中間テスト、課題、そして期末テストの4種類から成る。青年はこの4種の中でも特に課題には重点をおいて取り組んだ。慣れてきたとはいっても第二言語で戦う身であることに変わりない青年にとって、各テストはどうあがいてもぶっつけ本番以外に無いが、課題に関しては文章を練り、校正し、磨き上げる時間があるものであり、逆に言えばこれが可能な時点で第二言語であるという部分で甘えられないシビアさが存在した。その課題が化学であっても物理学であっても数学であっても、提出日の1週間前には必ず仕上げ、文章と表現の修正・校正を念入りにかける必要があった。ESLの先生は既にこうした作業に無視を決め込んでくるため、家庭教師はやがて「勉強を教える人」から「文章校正をする人」となっていった。

 

勉強が、ビジョンが変化しつつあった。

 

Chapter 7.3 - Road to the Top

高校という環境における時間の流れはとても早い。毎日を我武者羅に楽しみ、悩み、喜び、悔やみ、勉強している間に、校内にはジャカランダの花が咲き乱れ、最終授業を終えた上級生はその大部分が早々と校内から姿を消し、期末試験前の勉強会や会議のために散発的に登校する姿しか見なくなった。

 

12年生の消えた高校は、青年達11年生の天下となった。これは比喩でも何でもなく、学校における最上級生たちには様々な特権がある。校内中央に位置するエアコン付きラウンジの使用権、ラウンジ付属の冷蔵庫と電子レンジの使用権、缶ジュース割引購入権、自家用車通学権と校内駐車場使用権などがあり、どれも校内生活の質の向上にとても貢献してくれる。青年もまた、この時期になると貯めたバイト代で中古の車を購入し、一人で車通学をするようになっていた。

 

天下を取った青年達に対し、学校の教員達の態度もまた変化する。学校の最高学年へと歩を進める我々に対する変化とはつまり、集大成を迎えさせるための準備期間もいよいよ大詰めとなってきているからである。今まで割かれていた「最終成績を上げ、学校に箔をつけたい」といったリソースが、残りは卒業を迎えるだけの現12年生から、これから来期の成績を担う青年達に向けられ始めたのだ。既に気合の入っている青年達の周りにはそこまでの影響は感じられなかったが、まだ勉学に完全に向き合えていない連中への発破が増していることは遠巻きからも感じられた。

 

刻一刻と校内の雰囲気が変化していく中で、2学期の期末試験は行われた。上位組の入れ替えが顕著に見られた後の期末試験は、それまで動かなかった上位に食い込む希望を全ての生徒に与え、それと同時に、油断をすればすぐに墜落することを上位勢に知らしめていた。勉強に打ち込んできた生徒達の目には今まで以上のストレスと闘志が映っている。青年もまた、唐突に現れた高嶺の花を目指し、上へ上へと視線を向けていた。

 

青年が一番の弱点と踏んだのは化学である。前回の試験では長文問題の2問を取りこぼす失態を犯してしまっていたこの試験は、どう考えても英語を除いた5科目の中で一番点数が低かった。上位12位からさらに上を目指す身となった青年は、得意科目の高得点を維持したまま、苦手科目の成績を押し上げる必要がある。日本語と数Bはほぼ間違いなく100%が取れるため、勉強のリソースの多くは数C、物理、そして何よりも化学へ向けられた。時間配分も大きな敗因の一つであったため、数少ない3年分の過去問は2時間の制限時間をしっかりと守った状態での模擬試験を行い時間配分とストレスマネジメントを行なった。実際の試験においてはESL権限の20分を余計にもらえるので、あえて120分の正規時間制限という過負荷をかけることで自信をつけた。

 

1週間に及ぶ期末試験はある意味で孤独との戦いでもある。期末試験前の1週間は自習期間、その後に1週間に渡り科目ごとに割り振られた日程での期末試験が行われるが、この期間中は学校に行くこともなく友人達と顔を合わせる機会もない。生徒によっては図書館で勉強したり友人と勉強会を開いたりしていたようだが、元々青年は個人で勉強してきていたので移動時間の無駄なども省ける自宅での自習が性に合っていた。久しぶりに級友達と顔を合わせたのは期末試験が行われる教室の前であったが、そこにあった顔は皆それぞれが十人十色で、希望と不安と諦めと眠気とストレスと投げやり感が織り混ざっている形容し難い顔つきが並んでいた。そんな中にあった青年の顔もまた形容し難いものであったのだろうか。

 

踏み入れた教室には期末試験の答案用紙が鎮座していた。青年は指定された席に歩み寄る。これまで足掻き踠いていた、地に足がつかない机はそこにはなかった。

 

Chapter 7.4 - Flourish

11月のオーストラリアの日差しは、これから本格的な夏を控えてその本領を発揮できる時をまだかまだかと待ち侘びすぎて空回りしているかの如くテンションの高い紫外線を放っていた。そんな太陽にアテられたかのように試験後の生徒達の顔もまた明るい。どこまでも競い合い、どこまでも不安になり、どこまでも試験に打ち込んだ生徒達から漏れる声と表情は、それが本人にとって如何なる出来であったとしてもまずは安堵と解放に満たされていた。

 

試験結果の発表は教員側の採点速度に応じて逐一発表された。まず数BがA+、次に英語がC+、物理A-の後には化学のB+が続き、安定の日本語A+を経て最後に数CのA-が続いた。科目によって難易度は異なるのでABC評価にはあまり意味がない。必要なのは『平均値が低い、難しい科目において、どれほど突出した高得点を出しているか』である。前回苦しんだ化学は今回もA評価に達しない点数ではあったものの、クラス全体の平均獲得点数が少ない中での突出したB+評価であればむしろ簡単な科目で取るA評価よりも補正がかかって順位を上げられることを青年は学んでいる。

 

夏休みを目前にした学期末最終日、そわそわと期待と不安を募らせた青年のもとに一枚の校内新聞が手渡された。新聞を配る教師の顔には笑顔こそあるものの特別欠けてくれる言葉はなく、ある意味ですごく機械的に手渡された校内新聞に、自信に満ちた青年もまた機械的に目を通す。

 

自信は現実のものとなる。青年の名前は確かに上位15名の中に存在した。少しの安堵と共に、大きな期待感が込み上げる。名前は欄の中央部分に位置していた。連なる級友たちの名前を、上からゆっくり確実に数えていく。

 

1、2、3、4、5、6、7…

 

青年の名前は8番目に位置していた。

 

上位8位。

12位から8位まで押し上げたこの事実に青年は震えた。この学校の過去の成績とOP1輩出率を、高嶺の花を目の当たりにした青年は十分に把握している。この学校は毎年平均して6〜8人程度のOP1を輩出している。上位8人の中に青年の名前が存在するこの状況は、本格的に獣医学部が現実的なものになりつつあることの証明であった。

 

日々の英会話に苦しんだ日々があった。

教科書を1ページ読み進めるのに1昼夜かかる日々があった。

学年の半数以下の成績でもがいていた日々があった。

 

過去に夢見た非現実は、遠く彼方に見た憧れは、今、青年の目の前で現実味を帯びている。

 

 

Chapter 7.5 - Against the Prodigies

11年生の学業成績を一言で振り返るのであれば、それは大成功であった。勉強のペース配分、課題の消化、持ち得るリソースの有効活用、様々な視点において効率が良かったと言えるだろう。それらがもたらした結果は学年順位の大幅な伸び率であり、それは1学期、2学期と継続的な成長を見せた。

 

11月の終わり、青年は夏休みに入った。高校生として最後の夏休み。最終学年が間近に迫った最後の夏休み。青年に残された時間は少なく、これをいかに有効活用するかが大事になってくることは明らかであった。これまでは英語の強化に重点を置いていた夏休みだが、今の青年は違う。まだまだ英語は改善の余地が十二分にあるが、それ以上に今は学業における点数獲得が優先される状況となっていた。

 

青年は机に齧り付くことを嫌った。根本にあるアジア人特有の『ガリ勉』に対する苦手意識は健在である。自由に使える夏休みの時間の大部分を、青年は飲食店でのバイトに費やした。ボンボンの級友が親に買い与えられたベンツの新車で登校するのを横目に、自力で買った中古車で登校する自分自身に誇りを持っていた。先日発表された成績のトップ10で本格的なバイトをしているのは青年だけであった。

 

青年は自分が『天才』ではないことを理解していた。謙遜でもなんでもなく、純粋な意味で自分を天才に届かぬ存在であると認識している。学年順位の大きな入れ替わりが起こった1学期ではあったが、上位4人の名前は今まで見ていた名前がそのまま揃っていた。青年が更に順位を伸ばした2学期、上位4人の名前は入れ替わることもなくそのまま残っていた。一見するとただ物静かそうなトップ4の1人は小説の大会で受賞し、一見するとただのテニス好きなトップ4の1人は国際数学コンペの代表になっていた。勿論、そんな彼らも必死に勉強をして切磋琢磨をしていることは理解しているが、彼らが勉強以外に別の「何か」を持っていることは空気感からも分かるのだ。

 

青年は天才に対抗する術を考え、安易なプライドを見つけた。バイトを継続しながら成績上位の維持を目標としたのである。青年の進学校はそもそもバイト経験者の数が少ないような高校だったので、青年は異質な存在であった。男子高校生にプライドは大事である。英語で勝てず勉強で勝てない世界に身をおいても、青年は謎のプライドを捨てなかった。

 

しかしバイトに打ち込んでばかりであれば成績順位が簡単にひっくり返ってしまうのは火を見るよりも明らかであるのは順位の総入れ替わりでわかる。よって青年はバイトと並行して自習にも励んだ。やはり一番苦戦していたのは化学なので、化学の復習と先々に学ぶ内容の大まかな予習を過去のノートや教科書を使って重点的に行った。科学の勉強は基礎が大事なので、過去の知識も反復して脳に刷り込む夏休みを送った。

 

数Cの勉強は前回の夏休みを参考にして、再び「天才ピーター」に連絡をとりつけた。ピーターは相変わらず嬉々として授業を引き受けてくれ、新しい教科書を渡すとまるでぬいぐるみを手にした幼児のような瞳で喜び、二日後には完走の報告と授業開始の打診が来ていた。彼はまたしても1日2章の詰め込みで青年の脳を焼いたが、青年もまた11年生の内容と日本の高校数学の知識をしっかりと把握していたため、個人授業はスムーズに進んだ。一部の内容は日本の高校数学と内容がダブっており、特に告げることもなかったが青年が内容を把握していることを察したピーターはこれらの章を音速で消化し、追加の章をノルマに加えてきたので、12年生の教科書の網羅はものの1週間というペースで完了した。

 

夏休みも終わりに近づいた頃には、11年生で学んだ範囲の数学、物理、化学の全ての板書を読み直し、脳への再定着を行うことで12年生の始まりに備えた。これらの知識は軍備であり兵糧である。学校が始まった最初のスタートダッシュに、そして長期的な持久戦に備え、青年は兜の緒を締めなおした。

 

Chapter 7.6 - The Battle Begins

1月、学校最高学年の初日は真夏の暑さとは裏腹にどこかひやりと鋭く冷たい空気感が漂っていた。否が応にも今年の学業成績が来年であれ10年後であれ、今後の大学進級に影響を及ぼすことになるこの状況下において、ここまで勉強にそこまで打ち込んでいなかった生徒達までもが本気になっている様子が眼を通して伺える。これまで授業中にふざけていたグループまでもが真面目に授業に取り組む姿勢を見るのは新鮮であるとともに、やるべき時はしっかりと打ち込める彼らを尊敬した。公立校であればこうはいかないであろうから、やはり勉強をするうえで周辺の環境というものはとても大事であると青年は再認識した。

 

ごく一部の生徒は自分に合わなかった選択科目を変えるが、基本的には11年生の頃の選択科目がそのまま12年生でも続くため教室の顔ぶれに変化はなく、青年は周りを普段通りの勉強仲間で固めた陣地につく。数学では周りを助けることで自身の理解を深め、化学や物理では共に切磋琢磨しながら問題集に挑んだ。日本語の授業は相変わらず数学などの宿題をこなす時間となり、必須科目の英語においては直向きにC評価を目指して行動する日々が続いた。科目によっては総合成績の12%ほどに影響する小テストが隔週毎に行われたが、これらの対策も中間テストほどの勢いで対策、復習して挑んだ。周りの全員に火がつき、周りの全員がライバルと化した青年には、この1%の成績が未来を大きく左右すると察していた。

 

課題もまた点数割合の大きいものが多く、総合成績点の810%ほどに該当するものであったため、これらの完成には全力を尽くした。化学の論文は3000字を超える大作に仕上がり、物理の課題は現代エネルギー問題から考慮した新たな期待と可能性を求められている以上にまとめた。これらの課題を書くうえで勿論英語の壁は問題になったが、この頃になると青年の文章構成速度は格段に上がっていた。文法にはまだまだ穴がたくさんあったが、伝えたいことはしっかりと伝わる文章が頭で構成でき、それをそのままキーボードに打ち付ける技術がそこにはあった。化学や物理の教師達は、英語の教科を担当しているわけではなかった。青年の書く論文やまとめは、その文法こそまだ安定はしないが、この「化学」や「物理」という視点における理解や論文構成、持てる知識と事実から紡いだディスカッションは評価されたため、A評価以上を連発した。青年の書く文章は、英語としては完璧ではないが、伝えたい内容をちゃんと伝え、理解力を示すことは問題なくできるレベルに達していた。

 

12年生になっても基本的には週1でのバイトを続行しており、秋休みにはシフトを増やしていたが、残りの休みの多くは課題や復習に費やされた。仕事は楽しかったし自由に使える金を得られることは高校生にとって大きかったが、それでもバイトのシフトは期末試験の4週間前から完全に断った。青年は年齢的に安い給料でキッチンからホールまでほぼ全ての仕事が可能な英語と日本語を喋れる戦力になっていたため、店長からは惜しまれ引き止められたが、試験後にシフトを増やすことを約束しこれをキッパリと断った。バイトを続けるこだわりはあるが、学生が学業を二の次にしてしまっては本末転倒である。

 

中間テストを乗り越え、課題を提出し、期末試験を戦った。12年生の1学期が終わる頃、青年の成績ランクは学年7位に収まっていた。11年生後半では12位から8位まで上がった成績も、更に気合を入れ直し英語力も増したこの年には8位から7位までしか上がらなかった。上位には相変わらずの名前が並んでおり、青年は成績戦争における自分の立ち位置と限界を察し始めた。

「ここからは防戦になる。下剋上の時代は終わった」

校内新聞を手に青年は悟り、呟いた。学年7位という成績は、狙っているOP1に入るか入らないかのボーダーラインではあるが可能性は十二分にある。無論、残りの半年も全力を尽くして上を目指すが、それは上にいる天才達もまた同じ気持ちだ。きっと自分が達せられる成績は学年7位辺りがその限界となるだろう。OP 1の可能性はある。獣医学部の道は楽観的に確定的とは言えないが、圧倒的に現実的だ。ならばそこに見える光が示す道標を守れ、と青年は思った。下にはこの立ち位置を狙う級友達でひしめいている。ある意味で蜘蛛の糸のようだ、と青年は感じた。それは細い細い一筋の糸のようだった。上へと繋がるその道は細く危うく、下にはたくさんの手が伸びている。糸はこれ以上太くならないであろう。であれば今あるその糸にしがみついてやる。地獄を経験し、地獄を這い上がってきた青年にとって、その糸は人生で何本目の糸なのであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

Chapter 8(最終話)>>>

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