とある獣医の豪州生活Ⅱ

豪州に暮らす獣医師のちょっと非日常を超不定期に綴るブログ

とある獣医の豪州生活Ⅱ

今年もアメジスト討伐時期です。

それは世間が新型コロナウイルスに荒れるある日の午前1時、または深夜25時と表記されるような真夜中であった。突如として鳴り響く携帯の着信音で叩き起こされる。電話当直の夜ではない本来平和に惰眠を貪る日である、不快指数が0から80ほど上がる。寝ぼけた頭で、携帯を壁に投げつけるか着信に応答するかの選択を、およそ3秒という迅速な思考により「とりあえず送信者によって対応をかえよう」という妥協案で有耶無耶にすることに決めた。

 

着信の名前を確認すると、どうやらうちの病院の看護師の一人である。

これは携帯を投げるという選択肢が消える案件かもしれない。

 

私 「Zzz…もしもし…」

看 「もしもし…夜遅くにごめんね…ついにその時が来たみたいです…」

 

相手の最初の一言に血の気が引く。この看護師氏は老犬と暮らしているのだ。最近腫瘍摘出手術もした。術後は物凄く元気そうであったが、老犬の体調がいかに急変するかは普段の仕事から身に染みるほど知っている。まさか、そうか、ついにその時が来てしまったのか、日頃から何かあったら深夜でもなんでも連絡して来いとは言ってあったが、そうか、このタイミングなのか、くそう、ちょっと前まで走り回ってたじゃないか、なんでだよ、腫瘍摘出もきれいに全部取れてたのに、しかしだ、そこは看護師氏の判断を信じるしかない、自分もプロだ、状況を聞いて、適切な判断を速やかに下す必要があるだろう。

 

看 「貴方と私が待ち望んだ『その時』です…こんな時間だけどどうしましょ」

 

 

 

 

 

 

 

よーし話を整理しよう。

 

 

 

 

 

コヤツは今なんと言った?「貴方と私が待ち望んだ」?どういうことだってばよ。自分は安楽死なんて待ち望んでないぞ。勿論看護師氏かてそこは同じであろう。つまり総括すると、どうやら「その時」とやらは何やらずっと温め続けてきたワクワクイベントであって、決して悲劇ではないということではなかろうか。

ではその時とはなんであろうか。歴史が動いたのであろうか。看護師氏とは普段から仕事で顔を合わせているし、かといってオフの日のしかもド深夜に唐突に電話でお話するような仲ではない。つまりこの電話はやはり何かしら早急な対応を必要とされるであろう緊急連絡であることは確かなのだが、その割には「待ち望んでいた」という部分が不可解以外の何物でもない。

 

いや待て。

そうだ。看護師氏と自分の間に一つの約束事があったではないか。

ふむ、つまりは…

 

……!!!

 

 

私 「状況は把握した」

私 「2秒で行くから待ってろ」

 

 

 

 

パジャマを脱ぎ捨て、サンダルを履き、

車の鍵と衣装ボックスとスネークフックを手に取り、車に飛び乗る。

この間0.3秒である(本人談)。

 

 

 

 

話は3ヵ月前に遡る。

新年になろうかという時、看護師氏が庭で飼っているニワトリやカモ、ガチョウの中で、一匹のカモが忽然と姿を消す事件が起きていたのだ。事件当日、自分も現場検証として看護師氏の庭の確認を行ったのだが、成程確かに飼育されている筈のカモの数が合わない。また、カモが逃げられるようなフェンスの穴や、猫に襲われたような暴れた痕も全く存在しないのである。当時の結論は一つだった。

 

「これはまたアイツが出たか」

「相手は4m級はあるんじゃないか?」

「まだ壁の内側に潜んでいるかもしれない」

「奴はきっと夜は動けなかったはずだからな」

 

リアル『進撃の巨人』状態であるが、当時は探しても『奴』は見つからなかったのだ。

 

 

 

 現場に到着。深夜で道も混んでいないので電話を受けてから10分である。実質2秒と言ってもいいだろう。看護師宅では元気なワンコ2匹が午前1時からハイテンションで迎え入れてくれる。元気そうでなによりだよお前ら。

 

 

看 「まさかこんな時間に来てくれるとは思ってなかった」

私 「いやそれよりあの電話はワンコになんか問題あったとか思うって」

看 「でも通じてるんだが?」

私 「いいから現場はよ!はよ!」

 

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ド深夜の植木に潜む影

 

私 「デカいねぇ…」

看 「デカいでしょう…」

 

大きさ的にはカモも持っていきかねないサイズである。やはりこいつが12月の犯人なのであろうか。いずれにしてもここはカモやニワトリのいる庭であり、ヒトのテリトリー圏内。すまないが立ち退いてもらうしかないのである。

 

街灯もなにも無いこの真っ暗闇の中、何が楽しくて深夜1時にショボいヘッドライト一つでこんな捕獲劇を演じなければならんのか。・・・楽しいからである。

 

 

ヘビの捕獲術は10%の技術と40%の自信、50%の状況で出来ているわけで、とりあえずこの植木に隠れた状況では分が悪すぎる。尻尾をガッと掴んで引きずり出s…引きずり…引きずり出s……ッ!?

 

 

重っ!?

 

 

幹にグルグル巻きとは行かないものの植木に胴体をかけられているらしく、引っ張っても引っ張ってもビクともしない。そしてあてつけかの如く総排泄腔から糞尿をぶちまける蛇。何が楽しくて深夜1時にヘビの糞尿をその身にかぶらなければならんのか。・・・楽しいからである。

 

童話「大きなカブ」の挿絵を想像して頂きたい。大体あんな感じで全体重をかけたテコで格闘すること1分、ようやく引きずり出したのだ。出てきた瞬間に思いっきり尻もちをついて朝露に塗れた泥にケツから突っ込む。何が楽しくて深夜1時に全身泥まみれになければならんのか。・・・楽しいからである。

 

 

しかし引きずり出してしまえばあとはこちらのモンだ。激おこプンプン丸と化した相手を上手い事いなして、フックで首を拘束、ガッと掴めばお仕事完了。なんかクソ重たいがそこは深夜1時、細かい事は後で気にするとして、差しあたっては衣装ケースにコイツをぶち込んで家に帰って寝る。翌日(当日)仕事だしな。

 

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寝る前の獲ったどー記念撮影。アドレナリンが引いていよいよ眠い。

 

 

っつーことで、アメジストニシキヘビです。豪州ではScrub Pythonと呼称することが多いですね。学名Morelia amethystina、豪州最大種ですが、ニシキヘビの名の通り無毒です。かなり大型になる種のため、日本では特定外来生物に指定されています。なので爬虫類マニアの一部にとっては喉から手が出るほど羨ましい存在ですが、その辺の庭に出現するんですよ…

 

 

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体長3.3mで体重5kgの雌でした

翌日(当日)、捕らえた蛇さんを職場に持っていき各種測定。

しかして今回のは良いサイズである。まず重い。うちの脚欠けてるネコより重い。実際に病院の体重計で計ってみたら5.1kg近かった。でけぇ。そりゃカモくらい持っていくわ。

そして体長であるが、とにかく力が強いのでどうにも測りづらいが、どうやら診察室の壁から壁までは余裕で伸ばせるという概算がなされた。少なくとも体長3.3m。良いサイズである。

全く必要のない情報だがうちに新しく入った新卒君にプロービングもさせてみた。多分雌だそうな。お兄さん保定係だったからまぁ彼の言葉を信じよう。途中で尻尾持ってた手を放しやがり、思いっきり足に巻きつかれた。割と鬱血するよね…締めつける力は強い。このサイズでも一人で扱ってて誤って首に巻きつかれたらワンチャン対応してる間に意識落ちるかもしれん。

 

 

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鱗は太陽光を虹色に反射して大変美しい蛇さんなのである

 

さてこのヘビは人里離れたダムの近くの熱帯雨林(いうて捕獲場所から10km圏内)へとリリースする のであるが、せっかくなので写真撮影をさせてもらうことに。

 

アメジストとは紫水晶のこと。その名に恥じず、アメジストニシキヘビは美しいのだ。パッと見た体色は黒・茶・黄色が霞んだ配色であり、いやまぁこの配色も中々好みではあるのだが、コイツの本気は太陽光の下で発揮される。

その鱗は強い光を反射すると虹色に輝き、大変にお美しいのだ。

 

原住民アボリジニの神話の中には伝説の生物にRainbow Serpent(虹蛇)というものが存在する。空に掛かる虹を蛇と見出し、大地に流れる川のうねりはその昔に大蛇がそこを通った痕だという。素晴らしき自然崇拝で神道派としてはとても共感するのであるが、さすれば虹色に輝くこのアメジストニシキヘビは神の化身か使いか。

 

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特徴的な頭のウロコの大きさが同定時に一番頼れる

アメジストニシキヘビは頭のウロコが特徴的に大きい。これが視線を引くのでちょっと可愛い表情に見えるのである(※個人の見解です)。

そしてこの蛇は昼も夜もギョロ目感がとても強いため、可愛い表情に見えるのである(※個人ry

 

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アヒル口

アイドル顔負けのアヒル口である。

これはもう可愛さの塊りといって差し支えないのでは(※ry

 

 

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お写真いっぱい撮ってごめんね、森に帰ろうね

 

お写真撮影のほうも満足させて頂いたので、ダムがある近くの山へ逃がしに行く。

捕獲場所からあまり遠くにはいかないのがポリシーである。あくまで行動範囲内の移動にできれば留めたい。本来は人間が関わってはいけないのが野生動物なのだから、ヒトの手で遠くへ遺伝子や病気や寄生虫を移動してしまわないように気を配るべきなのだ。

 

 

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後ろを振り向くこともなく、シューッ!と威嚇を踏まえて山に消えた

 

夜は凍えるかもしれない

ひもじい思いをするかもしれない

天敵に襲われるかもしれない

 

しかしそこには世界と自由がある。

 

この大自然の全てを自分の物と主張し、

行きたいところへどこまでも行く権利がある。

 

人と家畜が失ったそんな世界と自由に野生動物を「還す」際に、憧れるのである。