とある獣医の豪州生活Ⅱ

豪州に暮らす獣医師のちょっと非日常を超不定期に綴るブログ

とある獣医の豪州生活Ⅱ

畜産動物における福祉と金の関係

少し前(少し?)、ツイッターのほうの匿名質問箱にこんな質問が来ました↓

 

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豚が好きで獣医を目指す高校生がいるという面で日本の未来に一筋の光を見つつ、ツイッターで簡単に答えた時点で「詳しくはブログに書く」なんて言っておきながらブログを1ヶ月ほどサボタージュしていたことに罪悪感を抱き始めたので書きます。

 

 

 

 

 

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何故、どうやって、ブタの去勢は行われるのか

簡単にまとめると、雄豚の去勢を行う大きな意味は、オスの豚が性成熟期に達すると肉につく「豚の雄臭(Boar taint)」と呼ばれる、不快感を与える臭い及び味を防ぐ意味があります。消費者が好まない臭いや味を防ぐ意味で、性成熟前に去勢を施してこれを防ぎ、質の良い豚肉を製造するわけです。

去勢方法ですが、基本主流となるのは外科的な睾丸摘出の去勢術。生後1週間以内に、無麻酔で行われるのが日本では主流となっています(はず)。去勢術自体は非常に簡単で、鋭利な刃物でキンタマ袋を切って、タマを引き抜いて終了。慣れてる農家さんだと数秒でやってしまいます。

 

で、そこで未来の獣医師高校生君の非常に最もな疑問が来るわけですね。

 

 

海外では麻酔無しで去勢することを禁止してる?

オージーライフを名乗ってるブログなので、ここではEU各国のお話とかは省いて豪州のお話をしましょう。

実は法律的なお話で言うと、オーストラリアでは無麻酔での豚の去勢は禁止されていません。これは最新2008年版CSIROのCode of Practiceに明記されていますが、

  • 熟練した者、及び熟練した者の指導の下以外では行わないこと
  • 生後21日以上の雄豚の去勢は麻酔を施し獣医師が行うこと

の2点が法律で定められている最低ラインです。この他に推奨される事として、手術的去勢は生後2-7日の間に行われることが望ましい、とあります。

 

で、これはあくまで法律のお話。

 

じゃあ実際にオーストラリアの豚肉はみんな無麻酔で去勢されているのかと言われるとそうではなく、大部分の雄豚は術的去勢を受けません。多くは生後6ヶ月程度の性成熟前に出荷されているか、免疫学的去勢製剤と呼ばれるお薬の注射でキンタマの機能を停止させた雄豚が育てられることが大多数を占めてます。

 

他の国、特に動物福祉概念に強いEUの一部は法律で禁じてるところも多いでしょうが、自分が言いたいことはですね、法律以前の問題なのよ、という話。掘り下げます。

 

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問題は麻酔にかかるお金?麻酔を安くすれば良い?

確かに、局部麻酔を施して去勢をすれば動物福祉的に多くの問題が解消されます。そしてこれまた高校生君の想像通り、お金がかかります。

局部麻酔用の麻酔薬、注射針、シリンジ、局部麻酔を施す技術を持つ人の労働力、麻酔が効くまでの時間的なロスと非効率性から生まれる生産力の低下。これらが主なコストでしょう。

 

じゃあ上記のコストを出来る限り下げれば問題は解決されるのか?という質問が来ましたが、青くて可愛い考え方です(そういうの好きだよ)。そして答えはNoです。

百歩譲って麻酔薬と注射針とシリンジが無料になったとしても、非効率化による生産率の低下は避けられません。つまり、動物福祉を向上させつつ現状の生産効率を維持するという考え方では無理が生じてしまうんです。忘れてはいけない事があって、畜産業は仕事です。家を扱って利益をむ生です。

 

動物福祉、動物愛護をいう概念を押し付けるだけ押し付けて動物を守ったつもりになり、その動物を扱う人間の事を考えないやり方は動物を扱うどんなフィールドでも許されないと声を大きくして言いたい一端の獣医。これ多いんだよね…。

まぁ質問主が動物一辺倒じゃないのはコスト問題等をしっかりと考えている点からも伝わってきてますがねー。

 

動物福祉という付加価値を売る

「動物福祉を向上しつつ現状の生産効率を維持することはできない」ならどうすればいいのか。これはもう物凄く簡単なことでして、生産性の指向を変えれば良いのだ。

 

これに成功しているたとえ話をしてみると。

 

スーパーに行けば一束100円のホウレン草が売っている。これは大きな畑で大量に植えて、機械で農薬を散布して育てられたホウレン草だ。

一方で、同じホウレン草でも一束250円のモノも売られている。こちらは畑の規模は半分程度で、無農薬で多少の食害も受けた農家で育てられたもの。

 

100円のものは生産効率を重視して、大量に安く作られたもの。もう一方は「無農薬」に拘って、100円のものよりも非効率的に作られたからその利益を賄うために2.5倍の値段で売られている。

しかしどうだろう、後者の商品には「無農薬」という唯一無二の付加価値がついているわけで、値段が高くなっていても一定の客層には人気商品だ。値段に見合った付加価値が付いていれば、消費者はそれを受け入れ経済を回す

 

これは動物を扱う畜産にも全く同じ条件で当てはめることが可能なのだよ。

 

つまり極端な話、現状の生産効率で豚肉を100g100円で売るなら、動物福祉を順守した「豚に優しい豚肉」という付加価値のついた豚肉を100g250円で売れば良い。こうすれば麻酔の値段も効率性の低下も、売値で賄える。豚にも経営者にも優しい世界。

 

 

 動物福祉は消費者の意識から

畜産はビジネスです。常に消費者があって、畜産というビジネスが成り立つ。

 

 

安いお肉を求める消費者が多いところで100円の豚肉と250円の豚肉を売ったら、250円で売りに出してる農家はすぐに廃業します。

 

が、消費者が養豚の去勢に関する現状を知り、これを良しと思わず、少々値が張っても豚のためなら構わない、という意識を持てば状況は変わります。250円の動物福祉を順守した豚肉が売れ、100円の豚肉は売れ残り始める。動物福祉を守ってない豚肉を使っている企業に対する不買運動が起きるかもしれない。

消費者が福祉を重視する流れになれば、福祉を軽くみる養豚は利益を上げづらくなり、養豚業界全体が福祉重視にシフトします。法律で禁止なんてしなくても、生産者は消費者の流れに合わせて方向性を変えるんです。

 

こういう流れが実際に起きている・起きたのがオーストラリアやEU各国。

 

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オーストラリアにおいて特に有名なのが英国王立動物虐待防止協会(RSPCA)の定めた方針で育てられた鶏肉や豚肉。RSPCA基準における養豚では手術的去勢は禁止です。RSPCAロゴのついた肉は他より少し高いですが、消費者意識が高く良く売れます。高値で売れば牧場も利益の余裕が出るので動物福祉に焦点を置いた仕事ができる。

 

オーストラリアの大手スーパーは2つ、WoolworthsとColesがありますが、このうちColesは既にRSPCA基準ではない豚肉の全面廃止をしてます。全体的にWoolworthsよりも肉類の値段が高くなりかねないのにも関わらず、消費者の関心に目を付けた英断でした。結果的にはこの決定に関してColesに大した打撃は無く、むしろ動物福祉に焦点をおいた営業方針を称えられる結果に。こういう動きによって、現状の多くの養豚場では出荷先の制限もあり去勢術を行わなくなってるんです。

 

消費者の動物福祉・動物愛護に対する意識の問題で日本は大きく遅れてます。食の「安全」にはウルサイ国ですけどね、生産者の名前とか表記してる割に福祉工程とかに重点置かないんですよね。

 

オーストラリアではどこのスーパーでも鶏卵は3種類あります。

  • 生産効率重視で多頭をカゴに入れて養鶏されたCaged egg(一番安い)
  • カゴには入れず多頭を広い飼育場で飼育し卵を産ませたBarn laid egg
  • より野生的に外での自由行動を許し放牧で産ませたFree range egg(一番高い)

これも数年前までは値段に結構歴然とした差があったんですけどね、最近じゃぁ時によってはFree rangeが一番安い、なんて日もあります。消費者意識がFree rangeに寄った結果、放牧養鶏場が増えて効率的になってきた結果相対的な値段変化が起きてるんでしょう。

こういう視覚的な違いが日常的にあるからこそ動物愛護・動物福祉の一般的な意識ってのが生まれてくるのです。日本に足りない部分といったらまずソコじゃないかな。

 

というわけで、長々と書きましたが答えとしては、

 

消費者が動物福祉を順守した豚肉の為に、現状の豚丼380円が500円になっても良いと考えるようになったら養豚業界が福祉重視に変わるよ

です。

 

お粗末。