とある獣医の豪州生活Ⅱ

豪州に暮らす獣医師のちょっと非日常を超不定期に綴るブログ

とある獣医の豪州生活Ⅱ

外部検査には思いやりを込めて

どうも、4連休が終わるワタシデス。日本ではゴールデンウィークが昨日終わりましたが、こちらは「労働の日」で月曜日がお休みでしたよ。

 

先週の患畜にネコちゃんがいました。

 

「最近あまり食欲がなくて、あまり動き回らないの」

 

一番困るタイプの症状です。食欲の低下と倦怠感って、正直言ってナンデモアリなんですよね…。どんな病気でもとりあえず食欲は落ちるし、とりあえず倦怠感は出ます。動物医療は実際に調子を崩している患畜とはお話できないので、飼主さんからどれくらい状況を聞き出せるかが非常に大事なのですが、「なんか調子悪い猫」というすげぇアバウトな情報しか聞き出せないことは割とあります。困る。

そんでもってこういうのが挙って連休前に来るっていうね…

 

飼主さんから情報が限られる場合、これはもう触診に全てをかけるしかございません。ネコに触れて、見て、聴いて、嗅いで、もうなんなら味わって、何か異常を検知します。

 

と、おやおや、おなかの触診をしてみると何故か脾臓(ひぞう)が馬鹿みたいにデカくなってるではありませんか。脾臓は循環器の一部で、簡単に言えば血を濾過したり、予備の血液を保管しておく器官。ちなみに手術で摘出しちゃっても全然生きていける。

心拍は問題ないし体温も平熱だけど、粘膜の色は若干薄いし、これは…循環器くせぇ。

飼主さんを説得し、血液検査の許可を得ます。

 

動物病院における「検査」は大まかに2種類に分かれます。

 

一つはIn-house lab diagnostic testing。院内にある検査用のキットや器具、顕微鏡等を用いて病院内で獣医師による即時即応の検査です。麻酔前の血液検査や、重症で直に検査結果が必要な場合は基本的にコレです。また、単純な検査、例えば検便だったり感染症のおおまかな細胞診であれば診察の途中で行ってしまいます。

 

もう一つはExternal lab analysis。病院で得た血液や組織といったサンプルを、専門の検査機関に送り付けて精密に検査してもらう形。院内では対応できない専門的で細かい検査や、特殊な検査等は基本的に外部発注です。

 

おおよその場合は外部発注のほうがお値段が高くなってしまうのですが、血液検査に関しては例外。外部発注のほうがより多くのパラメーターを、より安く検査してもらう方法があるのだ。外部発注の多くが「病理学者による解析」を含んだお値段なのだが、自分の使っているラボの基本的な血液検査には「解析無し、検査のみ」というオプションが存在するのである。

解析とはつまり「●●の値が高くて、○○は低いからきっと××か△△が原因であろう」みたいに、血液検査の結果から原因追及を行う部分ですが、これ、よほど意味不明な症例でもない限り自分でやれば良いんですよね。

 

で、今回のケースですが、ネコちゃんの調子は悪いけど、それでもまだまだ一応ゴハンも食べてるし、普通に動く程度は余裕という状況。緊急性無し、外部発注の血液検査可能という結論を出しました。ここの判断ミスると検査結果を待っている間に容態悪化して大変な事態になることもあります。コワイ。

 

外部に送るための血液サンプルを採ってみると、おやおや、やはり水っぽい。こりゃ貧血気味です。ネコはジワジワと貧血になる分にはその貧血に対応するヤツが結構多いので、この子も対応してるんでしょうな。

 

 

さて、外部検査の発注をする際、これを受け取る病理学者の方々には事細かに状況を説明してあげる必要があります。血液検査であればその動物の年齢や性別、症状、触診結果等を必要分だけ書いて渡しますし、腫瘍等の組織サンプルであれば見た目、大きさ、場所、摘出方法等も加えていきます。

が、自分のオーダーは「解析無し、検査のみ」の血液検査です。病理学者さん達は解析する必要も無く、受け取った血液サンプルを解析用のマシンに放り込んでオシマイの仕事です。

 

でもね、自分が獣医学生だった頃、外部検査のラボで働く病理学者さん達のお仕事風景を見学させてもらう機会があったのよ。そこで見たのは、様々な獣医から送り付けられるサンプルの山。そしてその多くのサンプルにはほとんど情報が書かれていなかったという事実。「腫瘍、腹から」とか、もはやそこまで書かないなら何も書かなくて良いんじゃないかみたいな、すごく雑なサンプルのなんと多い事やら。そんな中で当時学生だった我々に病理学者さんは言った。

「どんな些細な情報でも書いてほしい。情報は書けば書くだけ無駄にはなりません。我々病理学者は貴方達の仕事を助けたいが、情報が限られれば我々に出来ることも限られる」

この言葉、少なくとも当時の学生の一人には染み渡っております。

 

だってそうでしょう、自分の立場になって考えてみなさいな。飼主さんがほとんど状況を語ってくれないとき、 (;´Д`)←こんな感じになるじゃないですか。それでもまだ現場はいいよ、目の前の患畜に触れて、見て、聴いて、嗅いで、なんなら味わえばある程度の情報は手に入るさ。しかし研究所にいる連中はどうだろう、オーダーに書かれている情報と、目の前の「身体の一部(血・組織)」が全てですよ。ハンデ多すぎる。

 

ということで、例え「解析無し、検査のみ」の発注であっても、自分はある程度の症状等は書くようにしているのです。時間かかるから正直面倒なんだけどね。

 

今回の症例は倦怠感、食欲の低下、脾臓肥大化、粘膜の若干の蒼白化。これらを記述して、最後に、

血球の細胞診をガッツリやってくれると非常に助かります><

と書き加えてみた。

 

すると次の日である。

午前中に帰ってきた血液検査結果は、案の定の再生性貧血。他には別段問題らしい問題は無し。しかしいつもと違うのは「更なる調査の結果を待て」の一文。しばらく待ってみると昼頃に検査結果が更新された。

 

「血球細胞診の詳細調査報告:多数のHaemotropic Mycoplasmaを確認。Rouleauxの増加傾向あり。Reactive lymphocytesが少量見られる。metarubricytesと少量のrubricytesも見られる。」

 

ラボォォォ!!!

愛してるぜぇぇぇ!!!

 

いやー、書いてみるもんですね。研究所の病理学者さん達、ガッツリと血球の細胞診をやってくれました。おかげで初診の血液検査からあっという間に診断ですよ。このネコちゃん、猫伝染性貧血です。猫ヘモプラズマ感染症です。

 

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丸い赤血球に紫色の丸が多数ついてるコイツラがM. haemofelisです。

Mycoplasma haemofelisという細菌が、ノミ等を媒体として赤血球面に感染したのです。すると、赤血球表面が「異常」であると判断した身体が、脾臓を使って「異常な赤血球」を濾過、排除するのですが、莫大に増殖した細菌によって大部分の赤血球が感染しているので、結果的に脾臓の尽力によって血中の赤血球を消しまくってしまい、自ら貧血を起こしているのです。脾臓が馬鹿みたいにデカかったのもメッチャ働いていたからです。

 

免疫系の抑制と抗生物質患畜はなんとかするとして、自分が言いたいのはラボのイケメン具合ですよ。「お願い!血球の細胞診ガッツリやって><」って書いたら、『任せな!』ですよ。確かに帰ってきたレポートには病理学者さんの「解析」は無く、あくまでも確認された事実の詳細なレポートでしたが、分かる人にはもう非常に解りやす過ぎるほど「結論としてはM. haemofelis感染症ですよ」と書かれているのです。イケメン過ぎるでしょう。

 

割と感動したのでその次の日、思わずラボに電話してしまいました。

 

AKI「お忙しいときに電話しちゃってすんません」

受付「何か問題でしょうか?」

AKI「いや問題とかじゃないんですけど、●●先生と○○先生に言伝をお願いしたくて」

受付「はぁ」

AKI「『貴方達の事細かなお仕事に感謝しかありません』とだけでも伝えていただければ…」

受付「ポジティブ・フィードバックは歓迎です(笑)あ、病院名とお名前もお教えください」

AKI「あばばば、あ、じゃあB病院のAKIです、猫ヘモプラズマの件で感謝しているとお伝えくださいませ…」

受付「お任せください、こちらこそわざわざお電話ありがとうございます」

 

受付もイケメンかよちくしょー。

 

 

 

検査を外部発注するときは思いやり精神を大切に。良い関係を維持しませう。