とある獣医の豪州生活Ⅱ

豪州に暮らす獣医師のちょっと非日常を超不定期に綴るブログ

とある獣医の豪州生活Ⅱ

麻酔銃の種類と仕組み

どうも、物凄くお久しぶりのワタシデス。

ツイッター上で「獣医によっては銃器大事なんだよ」という話で(意図せぬ形で)盛り上がってしまったので、その延長上に存在する麻酔銃について少し書いてみようかなと思います。

 

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ジュラシックパークでもお馴染みのアレ

非殺傷兵器として様々なアクション映画やフィクション作品にも登場するこの麻酔銃ですが、割とどうして奥が深くてカッチョイイ武器です。実際に使う相手は野生動物中心になります。対人・軍用としても(非公式に)存在するんでしょうかね?公式にすると化学兵器または医療行為として違反になるんですけど。

 

 

 

麻酔銃を使える人とは?

まずこの話を書くきっかけになってしまった話を済ませてしまいます。

麻酔銃を使える人材ってのは実は非常に限られていまして、「狩猟免許」「獣医師免許」のダブル免許持ちに限り使用が可能となります。

狩猟免許のほうが言わずもがなですね。麻酔銃はその名の通り鉄砲の一種なので、銃や火薬を取り扱う際に必要とされる免許。

一方、「動物に対して麻酔を施す」という行為を含む武器ですので、ここに獣医師免許が必要になります。人間の医者であっても動物麻酔は認められません。人間のお医者様が麻酔銃を撃っていいのはヒト相手だけ、ということでしょう(違)。

 

ただでさえ面倒な獣医師免許取得に加え、またしても面倒な狩猟免許取得をして初めて使えるコイツ、ハードル高いですね。まぁそりゃそうです、銃という危険物麻酔という危険物の2つを同時に扱うんですもの。

 

が、獣医って仕事によっては結構銃器扱う場面が出てくる職場でして、野生動物の鎮圧、動物園勤務、畜産関係で大動物を扱う獣医等は割と狩猟免許取得者がいたりします。

こうした獣医師が相手にするのは体重何百㌔の世界で、少しでも近づこうものなら本気でこちらを殺しにくる連中なので、それ相応の火力が必要になったりしちゃう。

日本より銃に寛大な海外勢として言わせてもらうと、牧場のオッチャンとか普通に害獣駆除目的で銃持っていて、そいつを借りて大型畜産獣の安楽死とか行われるんです。海外においては獣医学生も大学在学中に銃器取り扱いの実習ある場所がほとんどです(楽しいですよ)。

 

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プーチン…貴方麻酔銃撃っていいの…?


麻酔銃を使う場面とは?

一言でいえば「対象を殺さずに動きを止める」必要に迫られたとき。

動物園では定期的な検診の際や治療の際に必要になります。動物園の多くの動物は普段から動物に対してトレーニング(しつけ)を行っており、動物自ら檻に入ってもらったり、知能の高い動物の場合はそれこそ採血用に腕を出してもらったりしますが(物理的保定)、それでも近づいたら人命に関わる猛獣等であれば麻酔が必要になります(薬物的保定)。動物園だと動物との距離がある程度近い場合が多いので、この際に使う麻酔投与方法は必ずしも銃である必要が無い場合も多いです。

野生動物の保護や研究で逃げ回る大型の野生動物を殺さずに捕まえる方法としても用いられます。一般的な感覚ではこれが一番メジャーな使い道でしょう。

ちなみに野生動物であっても、例えば人里にクマが下りてきてしまった!みたいな状況ですと基本的には殺傷目的の猟銃が使われます。これは上記した通り、麻酔銃を使える人材ってのが非常に特殊で絶対数が少ないからです。クマの命を尊重するために麻酔銃を扱える獣医師を待っている余裕は大抵の場合無く、人命を守るために初動で銃器を扱えるハンターや警察が射殺します。勿論現場に麻酔銃を扱える人が間に合うのが一番なんですけどね、そう上手くはいきません。

 

ちなみに動物園等ではワクチンの注射等にも麻酔の代わりにワクチンを入れた麻酔銃を使用しますがそこは割愛。

 

麻酔銃の種類ってどんなの?

麻酔銃を使用する際の最終目的は「動物を撃つ」ことではなくて「麻酔の投与」ですので、一言に麻酔銃と言っても様々な種類があり、用途によって使い分けます。以下、銃では無い物も含めて並べてみましょう。

注射器 (Hand Syringe)

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 自分のような小動物の獣医もお世話になってる、ザ・定番の投与方法。ガッツリと動物に肉薄し、筋注射・皮下注射・静脈注射による麻酔薬の投与を行います。人に慣れている動物に対して有効で、投与場所の正確な判断、投与量の制御も容易な最も安全な投与法。近づけない相手には使えません。

 棒型注射器 (Pole syringe)

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 英語で学んだので直訳してますが、要は棒状に長ーい注射器。棒の先端に針と注射器が付いており、対象に挿してから更に押すことで注射器の内容を注入する仕組み。手は届かないけど長いリーチがあれば届く、みたいな状況で使用します。狙える範囲が広い筋注射メインです。撃ち出すタイプよりも狙いやすい他、筋肉を外したらやり直しがギリギリ効く方法です。

 吹き矢 (blowpipe)

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 筒から麻酔矢(注射筒)を吹き射る方法です。棒状の物では届かない範囲であったり、ある程度動き回る相手、または棒よりも距離を保つべき危険生物を相手に使います。

銃を使わないので狩猟免許を所持しなくても使える飛び道具です。射出するので執行者の腕前次第では重要な臓器に命中して惨事になりかねません。また、人間の肺活量で飛ばすため初速が遅く貫通力も飛距離もあまりないので、かなり動物に近づいている状態でなければ機能しません。

ガス式麻酔銃 (gas-powered rifle)

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多分麻酔銃と聞いて大半が想像するヤツ。圧縮空気(二酸化炭素)を使って注射筒を射出するガス銃です。圧縮空気用のゲージが付いており、射出時の空気圧が調節できます。写真の上は長距離用(感覚では射程10~25m)、下は短距離用(3~10m)の麻酔銃。

ここから猟銃免許が必要になります。火薬も圧縮空気も同じガス膨張による射出ですので、銃器です。これに該当しないようにするにはレールガン作るしかないです←

吹き矢よりも姿勢の安定感があり、照準もしっかりしているので狙いやすい他、圧縮空気の使用により吹き矢よりも飛距離と威力が出ます。一方で、後述の火薬式麻酔銃よりも威力は抑え気味で、着弾時の動物に対するダメージが軽減されます。

火薬式麻酔銃 (charge-powered rifle)

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火薬を使って注射筒を射出する麻酔銃です。目標の大きさや距離に応じて火薬量を調節します。麻酔銃の中では飛距離が最大のもので、場合によっては有効射程40mくらいあるとかなんとか(詳しくない)。

初速の速さから命中制度は良いんですけど威力が高いので被弾する動物のダメージが大きくなります。火薬銃で扱いも難しく、そもそも射程がここまで必要になるのは一部の野生動物相手しかないのでガス式よりもマイナーだと思います。

 

 

と、まぁ麻酔の投与方法にも様々な手法があるわけですが、基本的には距離が離れるほど荒っぽい投与方法になる、ということです。あくまで麻酔の安全且つ確実な投与が目的となりますので、麻酔銃の使用は一長一短です。

 

麻酔銃から撃つ針ってどうなってるの?

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コナン君の使ってる麻酔針は多分直接脳幹攻撃してる。

名探偵コナンは腕時計から仕込み麻酔銃を撃ちますが、「麻酔針」の描写が無いんですよね。極太注射筒が刺さっていたらさすがに周りにバレちゃいますし、きっと極小の針なんでしょうが、実際の麻酔針(注射筒)の構造をみると「阿笠博士の技術力ヤベェ」ってなります。というか直接中枢神経を攻撃してるんじゃ…

結構勘違いされているのが、麻酔針とは麻酔を塗布した針である、みたいなこと。コナン観てるとそんな印象を受けますが、実際は全然違って、あれは注射器を丸ごと発射しているのです。とは言っても、ただ注射器を発射して動物に挿しても、内容物を注入する動力が無ければ麻酔は注射できません。これには2通りの方法があります。

火薬式注射筒

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まずはマイナーなほうで、注射筒の後ろに火薬を仕込んであるタイプ。

麻酔銃から射出されると注射器の後ろにある弾薬は注射筒と共に前へと飛翔しますが、これが動物に命中すると注射器は動物に刺さり飛翔が止まります。すると後ろにある弾薬は慣性の法則で注射器前方に押し込まれ、信管により起爆、火薬の爆発ガスで注射器内の麻酔薬を打ち込む仕組み。戦車でいうところの徹甲弾ですな(大体合ってる)。

火薬の爆発で一気に注射しますし、針先から直線的に注射するので動物の筋肉に与えるダメージ量が多くあまり使用されません。

圧縮空気式注射筒

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薬室と気室に分かれた注射器で、気室には圧縮空気を入れます。火薬と違って空気圧による注射を行うので動物に対するダメージ量が少なく、扱いも簡単なのでメジャーだと思います。中々面白い構造なんですよ!細かく見ていきましょう。

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まずは気室(左手の注射器の右半分)から空気を抜いて、麻酔に必要な容量だけ薬室を確保したら…

 

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注射筒左半分の薬室に麻酔液薬を充填して…

 

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シリコン栓のついた針を付けて密封します。 

 

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 薬室を密封したら今度は気室に圧力を加えて空気を入れます。この際、注射筒を上に向けることで気室内にある弁が下に落ち、通気孔を塞いで圧縮空気の逆流を防ぎます。これで完成。

 

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この状態で動物を撃つと、動物に当たった注射筒の針先に付いてるシリコン栓が動物に当たった衝撃で後ろにずれます。するとシリコン栓の下にあった注射穴が開き、圧縮空気によって圧力をかけられている薬室から麻酔薬が打たれる、という仕組み。良くできた構造ですなぁ。

麻酔針は尖ってるだけで先端に穴無いんですよー。

 

麻酔銃で使う麻酔薬ってどんなの?

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各種麻酔薬。どれをとっても一長一短、動物次第で色々変える。

そもそも麻酔銃に適した麻酔薬とは何なのか、なんて考えたことあります?麻酔自体が一般の感覚では意味不明でしょうが、要は常識的な理想を並べればそれが一番適した麻酔薬でして、

  • 筋肉投与で効果があり
  • 短時間で効果を発揮し
  • 投薬量が若干多すぎても安全で
  • 心肺機能の抑制が無く
  • 同種・別種に関わらず安定的な薬効が期待でき
  • 副作用が無く
  • 非刺激性で
  • 妊娠個体にも安全で
  • 拮抗薬が存在し
  • 安く簡単に調達できる

 ・・・のが、適した麻酔薬です(無理)

 

まぁここで意味なく深く語るのもアレなんでここは割愛しますが、時と場合によって色々と使い分けます。全てを満たした最強麻酔薬はどうやらジュラシックパークの世界やコナンの世界にしか存在しないようでして、獣医師は適材適所の麻酔薬を選んで使うしかありません。

心機能の維持を優先するのであれば筋注射で良い効果を発揮するケタミンをベースに使うことが多いですが、これは刺激性があり打ち込んだ瞬間は動物が痛がって暴れて危険ですし、中毒性がある麻薬で扱いに制限があったりもする。

猛獣が逃げ出した!みたいな場合ならとにかく速効性を重視すべきでチレタミン・ゾラゼパムがよく使われますが、こいつは麻酔からの回復が長引くこともあるのでちょっとしたことに使うのには敬遠されたりもする。メンドイのです。

 

 

 

最後に何が言いたいのかと言うとですね…

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つい先日、2018年公開のJurrasic World: Fallen Kingdomを観てきたんですよ。

軽くネタバレになってしまってスマンのですが、主人公のオーウェンのおっさんが恐竜用装備の麻酔銃で撃たれたじゃないッスか。あれ、あの馬鹿デカい爬虫類を1分以内に鎮圧する激ヤバ高濃度速効性麻酔が入ったモンを人間に撃ったらシャレにならんレベルで死んじゃうと思うの。

 

本当に彼らはどんな麻酔薬を使っているのでしょうか。科学の力ってすげー。

 

野生のアメジストニシキヘビを捕獲せよ

どうも、朝にめっぽう弱いワタシデス。

朝に弱いにも関わらず、今日は朝6時から携帯のけたたましい着信音に起こされました。前回にもこういうパターンがありましたが、今日は土曜日。確かに午前中はお仕事ですが、うーん、別段誰かに緊急で呼び出される用事は思い浮かびません。

しかし携帯に写る通話相手の名前はうちの病院の看護師さん。なんだなんだ。

 

AKI「もしもし…おはようございます…💤」

看護師「AKI起きて!緊急事態」

AKI「どうしたッスか…💤」

看護師「庭にヘビ出た!今見張ってる!どうしよ!」

 

AKI「10分で駆けつけるそこで待ってろ」 シャキーン

 

我、出撃ス。

 

この看護師さん、自宅でニワトリやらカモやらガチョウやらを飼育しておるのですが、そいつらのための水場や、餌に誘われるネズミ類、そして何よりも庭に産み落とされる卵を狙って時折ヘビが出現するという話を聞いていたのです。そこで「じゃあ今度出たら自分が捕まえるから連絡しなさい」と言っておいたのですが、時は満ちたようで。

happyguppyaki.hatenablog.com

 

パジャマのままスネークフックと手袋を装備して即時出動ですよ。On-call時代を彷彿とさせるこの初動の素早さ。眠気はアドレナリンで吹っ飛んでます。

 

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昨日の夜から落ち着きのない看護師さん宅の鳥達。ガチョウでけぇ。

看護師さんの家に現着。ワンコ達は尻尾ブンブン、ガチョウはガーガーと喚く早朝。

 

看護師「朝早くからごめんねー」

AKI「ヘビに関しては全然構わん。むしろテンション上がってる。で、どこよ?」

看護師「どこも何も、裏庭に出るドア開けたら分かるよ…」

 

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野生のニシキヘビが庭先で寝てる。オーストラリアへようこそ。

AKI「いるね…」

看護師「いるでしょう…」

AKI「ニシキヘビだね、無毒だし捕っちゃうよ」

看護師「撮影は任せろー」

 

早朝にどんな会話してんだ。

 

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パジャマの兄ちゃん、早朝からヘビ片手に満面の笑み

近づくと威嚇してきたけど、早朝で体温上がってないので動きは鈍い。一発目の攻撃をかわしたところでスネークフックで首を制圧、すかさず掴んでしまいます。制圧完了。ヘビの捕獲術はね、10%の技術と90%の自信だと思ってます。

 

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腹の中に丸くて硬い球体が5個……これ卵喰われてますやん。

 AKI「おぉ、触ってごらん、おなかの中に卵が5つ入ってる」

看護師「おぉーすごい。これはこのヘビの卵?それともうちの鳥?」

AKI「腹だしミネラル分含んだ外殻の固さだから鳥類の卵食べてるねぇ」

看護師「昨日の夜からカモとガチョウがうるさかったのはこれかぁ」

AKI「まぁ鳥達が襲われなくてよかった」

看護師「私は朝ごはんが無くなったんですけど」

 

自分の周り、制圧後のヘビは自ら触らせろと言ってくる奴らばかりで嬉しい限りです。職業柄まぁそうなるよね。

 

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制圧完了。

とりあえずはパパッと衣装ケースにぶち込んで捕獲完了です。職場に持っていって、仕事終わった後に住宅街から少し離れたところに逃がします。ヘビが出ても殺さず捕まえて少し離れたところにリリース。これ鉄則。

 

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アメジストニシキヘビ(Morelia amethystina)光沢のあるウロコが非常にキレイ。

今回捕獲した蛇さんの紹介を少々。

豪州ではScrub Pythonと呼ばれます。学名Morelia amethystina、和名はアメジストニシキヘビです。日本における爬虫類マニアの一部には喉から手が出るほど欲しいであろう特定動物ですが、御覧のとおりオーストラリアではその辺で出現します。

最大8m級が確認されている超大型種で、オーストラリアの蛇類で最大種です。世界的にも大きさ第六位。今回捕獲した個体はおよそ2m程度の大きさですね。

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頭のウロコが非常に大きくシンメトリーに配置されているのが最大の特徴

アメジストニシキヘビさんは野生の個体でも発色や模様のパターンがかなりバラバラなヘビで、今回捕らえた個体は個人的にはすごく発色が美しく模様もくっきりしている綺麗な個体。色も模様もかなり違う個体が多いので、Scrub pythonと特定するのに一番手っ取り早いのは頭部のウロコの大きさと配置をみること。特徴的に大きくてシンメトリーな頭部のウロコを持ってます。

 

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吐き戻した内容物はカモの卵x5個と、大きなドブネズミ

捕獲してからしばらくすると、胃の中に入ってた餌を全て吐き出しました。満腹状態だと動きづらいので、敵に襲われた際のヘビの防衛本能の一つが吐き戻しなんですが…

お前どんだけ食べてんだよ。

看護師さん宅から奪っていったカモの卵5個だけでも相当の重さなんだけど、まさかそれ以外に大きなドブネズミまで呑んでいたとは…出てきた時はビックリしたよね。

 

 

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捕獲場所から5km圏内の、ダムへ向かう無人の道中に逃がそう。

仕事終わりに看護師さん宅からさほど離れていない山の無人地帯に蛇さんリリースへ。

Scrub pythonは水辺を好む傾向もあるし、ダム周辺がいいでしょう。同時に生態系を考慮するとあまり捕獲場所から離れたところに逃がしたくはないので、この辺が妥当かなぁ。

 

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楽しい時間をありがとう。じゃあの。吐瀉物もここに置かしてくれ…

美しい個体だった。じゃあの。

これからは野生の鳥とネズミを狙ってくれな。あまり住宅街に来ちゃ駄目だよ。

 

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近くの小川を目指してスルスルっと消えていきました。

 

野生動物が野生に戻る姿はいつ見ても美しい。

 

外部検査には思いやりを込めて

どうも、4連休が終わるワタシデス。日本ではゴールデンウィークが昨日終わりましたが、こちらは「労働の日」で月曜日がお休みでしたよ。

 

先週の患畜にネコちゃんがいました。

 

「最近あまり食欲がなくて、あまり動き回らないの」

 

一番困るタイプの症状です。食欲の低下と倦怠感って、正直言ってナンデモアリなんですよね…。どんな病気でもとりあえず食欲は落ちるし、とりあえず倦怠感は出ます。動物医療は実際に調子を崩している患畜とはお話できないので、飼主さんからどれくらい状況を聞き出せるかが非常に大事なのですが、「なんか調子悪い猫」というすげぇアバウトな情報しか聞き出せないことは割とあります。困る。

そんでもってこういうのが挙って連休前に来るっていうね…

 

飼主さんから情報が限られる場合、これはもう触診に全てをかけるしかございません。ネコに触れて、見て、聴いて、嗅いで、もうなんなら味わって、何か異常を検知します。

 

と、おやおや、おなかの触診をしてみると何故か脾臓(ひぞう)が馬鹿みたいにデカくなってるではありませんか。脾臓は循環器の一部で、簡単に言えば血を濾過したり、予備の血液を保管しておく器官。ちなみに手術で摘出しちゃっても全然生きていける。

心拍は問題ないし体温も平熱だけど、粘膜の色は若干薄いし、これは…循環器くせぇ。

飼主さんを説得し、血液検査の許可を得ます。

 

動物病院における「検査」は大まかに2種類に分かれます。

 

一つはIn-house lab diagnostic testing。院内にある検査用のキットや器具、顕微鏡等を用いて病院内で獣医師による即時即応の検査です。麻酔前の血液検査や、重症で直に検査結果が必要な場合は基本的にコレです。また、単純な検査、例えば検便だったり感染症のおおまかな細胞診であれば診察の途中で行ってしまいます。

 

もう一つはExternal lab analysis。病院で得た血液や組織といったサンプルを、専門の検査機関に送り付けて精密に検査してもらう形。院内では対応できない専門的で細かい検査や、特殊な検査等は基本的に外部発注です。

 

おおよその場合は外部発注のほうがお値段が高くなってしまうのですが、血液検査に関しては例外。外部発注のほうがより多くのパラメーターを、より安く検査してもらう方法があるのだ。外部発注の多くが「病理学者による解析」を含んだお値段なのだが、自分の使っているラボの基本的な血液検査には「解析無し、検査のみ」というオプションが存在するのである。

解析とはつまり「●●の値が高くて、○○は低いからきっと××か△△が原因であろう」みたいに、血液検査の結果から原因追及を行う部分ですが、これ、よほど意味不明な症例でもない限り自分でやれば良いんですよね。

 

で、今回のケースですが、ネコちゃんの調子は悪いけど、それでもまだまだ一応ゴハンも食べてるし、普通に動く程度は余裕という状況。緊急性無し、外部発注の血液検査可能という結論を出しました。ここの判断ミスると検査結果を待っている間に容態悪化して大変な事態になることもあります。コワイ。

 

外部に送るための血液サンプルを採ってみると、おやおや、やはり水っぽい。こりゃ貧血気味です。ネコはジワジワと貧血になる分にはその貧血に対応するヤツが結構多いので、この子も対応してるんでしょうな。

 

 

さて、外部検査の発注をする際、これを受け取る病理学者の方々には事細かに状況を説明してあげる必要があります。血液検査であればその動物の年齢や性別、症状、触診結果等を必要分だけ書いて渡しますし、腫瘍等の組織サンプルであれば見た目、大きさ、場所、摘出方法等も加えていきます。

が、自分のオーダーは「解析無し、検査のみ」の血液検査です。病理学者さん達は解析する必要も無く、受け取った血液サンプルを解析用のマシンに放り込んでオシマイの仕事です。

 

でもね、自分が獣医学生だった頃、外部検査のラボで働く病理学者さん達のお仕事風景を見学させてもらう機会があったのよ。そこで見たのは、様々な獣医から送り付けられるサンプルの山。そしてその多くのサンプルにはほとんど情報が書かれていなかったという事実。「腫瘍、腹から」とか、もはやそこまで書かないなら何も書かなくて良いんじゃないかみたいな、すごく雑なサンプルのなんと多い事やら。そんな中で当時学生だった我々に病理学者さんは言った。

「どんな些細な情報でも書いてほしい。情報は書けば書くだけ無駄にはなりません。我々病理学者は貴方達の仕事を助けたいが、情報が限られれば我々に出来ることも限られる」

この言葉、少なくとも当時の学生の一人には染み渡っております。

 

だってそうでしょう、自分の立場になって考えてみなさいな。飼主さんがほとんど状況を語ってくれないとき、 (;´Д`)←こんな感じになるじゃないですか。それでもまだ現場はいいよ、目の前の患畜に触れて、見て、聴いて、嗅いで、なんなら味わえばある程度の情報は手に入るさ。しかし研究所にいる連中はどうだろう、オーダーに書かれている情報と、目の前の「身体の一部(血・組織)」が全てですよ。ハンデ多すぎる。

 

ということで、例え「解析無し、検査のみ」の発注であっても、自分はある程度の症状等は書くようにしているのです。時間かかるから正直面倒なんだけどね。

 

今回の症例は倦怠感、食欲の低下、脾臓肥大化、粘膜の若干の蒼白化。これらを記述して、最後に、

血球の細胞診をガッツリやってくれると非常に助かります><

と書き加えてみた。

 

すると次の日である。

午前中に帰ってきた血液検査結果は、案の定の再生性貧血。他には別段問題らしい問題は無し。しかしいつもと違うのは「更なる調査の結果を待て」の一文。しばらく待ってみると昼頃に検査結果が更新された。

 

「血球細胞診の詳細調査報告:多数のHaemotropic Mycoplasmaを確認。Rouleauxの増加傾向あり。Reactive lymphocytesが少量見られる。metarubricytesと少量のrubricytesも見られる。」

 

ラボォォォ!!!

愛してるぜぇぇぇ!!!

 

いやー、書いてみるもんですね。研究所の病理学者さん達、ガッツリと血球の細胞診をやってくれました。おかげで初診の血液検査からあっという間に診断ですよ。このネコちゃん、猫伝染性貧血です。猫ヘモプラズマ感染症です。

 

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丸い赤血球に紫色の丸が多数ついてるコイツラがM. haemofelisです。

Mycoplasma haemofelisという細菌が、ノミ等を媒体として赤血球面に感染したのです。すると、赤血球表面が「異常」であると判断した身体が、脾臓を使って「異常な赤血球」を濾過、排除するのですが、莫大に増殖した細菌によって大部分の赤血球が感染しているので、結果的に脾臓の尽力によって血中の赤血球を消しまくってしまい、自ら貧血を起こしているのです。脾臓が馬鹿みたいにデカかったのもメッチャ働いていたからです。

 

免疫系の抑制と抗生物質患畜はなんとかするとして、自分が言いたいのはラボのイケメン具合ですよ。「お願い!血球の細胞診ガッツリやって><」って書いたら、『任せな!』ですよ。確かに帰ってきたレポートには病理学者さんの「解析」は無く、あくまでも確認された事実の詳細なレポートでしたが、分かる人にはもう非常に解りやす過ぎるほど「結論としてはM. haemofelis感染症ですよ」と書かれているのです。イケメン過ぎるでしょう。

 

割と感動したのでその次の日、思わずラボに電話してしまいました。

 

AKI「お忙しいときに電話しちゃってすんません」

受付「何か問題でしょうか?」

AKI「いや問題とかじゃないんですけど、●●先生と○○先生に言伝をお願いしたくて」

受付「はぁ」

AKI「『貴方達の事細かなお仕事に感謝しかありません』とだけでも伝えていただければ…」

受付「ポジティブ・フィードバックは歓迎です(笑)あ、病院名とお名前もお教えください」

AKI「あばばば、あ、じゃあB病院のAKIです、猫ヘモプラズマの件で感謝しているとお伝えくださいませ…」

受付「お任せください、こちらこそわざわざお電話ありがとうございます」

 

受付もイケメンかよちくしょー。

 

 

 

検査を外部発注するときは思いやり精神を大切に。良い関係を維持しませう。